日本のクラフトビールの歴史を年表にしてみました。日本のクラフトビールは酒税法に左右されながら発展してきたのですね。
- 1994年酒税法改正
一年間に醸造しなければならない量が大幅に減ったため小規模な醸造が可能となった。
【改正前】最低2000キロリットル
【改正後】最低60キロリットル
※350ml缶に換算すると、2000キロリットル=570万本、60キロリットル=17万本。改正前の条件だと必然的に大手ビールメーカーでなければビールが作れない事になる。
- 1995年第一次「地ビール」ブーム
酒税法の改正を受けて、小規模醸造所がたくさん出来た。お土産ビールとして「地ビール」が盛り上がりを見せる。
- 1997年頃「地ビール」に陰りが見え始める
ブームに乗って参入したメーカーも多く、品質がおざなりであった事もあり、地ビールは「価格が高いのに美味しくない」というイメージが蔓延。また、ビール自体が低迷中で、この頃に大手メーカーでは発泡酒が全盛期を迎えている。
地ビールが低迷する中、撤退するメーカーも多かったが、一部の醸造所では試行錯誤を繰り返し、美味しいビールを作るための研究が続けられた。
- 2000年代アメリカでクラフトビールブーム
改めて「地ビール」が見直されはじめるが、美味しくないというイメージが強く残る「地ビール」と差別化するため「クラフトビール」と新しい名前をつける。
- 2011年「クラフトビアマーケット」がオープン
雑誌「料理通信」で特集されたことがきっかけで「クラフトビール」の名前が一般に広まる。
- 2014年頃大手ビールメーカーがクラフトビールを作り始める
大手メーカーが作るものを「クラフトビール」と呼べるのか?という議論が起こる。クラフトビールと区別するために「クラフティビール(クラフト風なビール)」と呼ぶ人もいる。
とはいえ、大手メーカーが作り始めたことでクラフトビールの知名度を押し上げることに貢献したと言える。
- 2018年4月酒税法改正
麦芽比率が67%→50%になり、「果実」「果汁」「香辛料」などの副原料をビールに使用することが認められるようになった。
以下の範囲のものが「発泡酒」から「ビール」へ変更
麦芽、ホップ、水その他一定の副原料を発酵させたもの、又はこれにホップ若しくは一定の副原料を加えて発酵させたもので、以下の2つの条件を満たすもの(アルコール分 20 度未満のものに限る。)
・ 麦芽比率が 100 分の 50 以上であること
・ 使用した果実(乾燥したもの、煮詰めたもの又は濃縮した果汁を含む。)及び一定の香味料の重量が麦芽の重量の 100 分の5を超えない(使用していないものを含む。)こと詳しくは国税庁のホームページの資料をご覧ください。
2018年3月までに「発泡酒製造免許」を取得していれば、その免許で作っていたものが新酒税法上「ビール」に分類されるようになるので、それまで「発泡酒」として作っていたものが「ビール」を名乗れるようになる。ようするに、制限付きではあるが、より小規模でありながらビールの醸造免許が得られる事になる。そのため、2016~2017年にマイクロブルワリーやブルーパブが急激に増えた。
※発泡酒製造免許は「一年間で最低6キロリットル以上醸造」で、ビールよりも小規模で出来る。ちなみに旧酒税法で「ビール」に該当するものは作れない。
- 2020年新型コロナウイルス蔓延
「緊急事態宣言」および「蔓延防止措置」により飲食店でビールを提供することが難しくなり、ビールをグラウラーやペットボトルに詰めてテイクアウトする文化が定着し始める。